先日、偶然に地元の市立図書館に訪れた。
そこで偶然に、『新英州伝説・民話集』という19世紀の古本を発見した。
(ネットで調べると、去年よりの再版が存在している。しかもKindleバージョンも。興味があればぜひ。)

ざっと読む時間しかなかったが、全体像は凄く魅力的だった。

小さい村に暮した敬虔な民
魔女に対する恐怖と迫害
盗賊団や先住民
凛々しい自然と嵐の海

キーワードだけでまとめればこんな感じだった。

だがその中で、ただ一編の異色な物語があり、物語が好きの僕の心の琴線に触れた。
なので今回は、その物語を紹介したいと思う。
(殆ど原文の翻訳だが、読みやすくするために最初の部分を少し変更した。)


追想の花(The Floure of Souvenance)
『A Book of New England Legends and Folklore』(S. D. Drake・著)より

綺麗な海浜を持っているナハントが、避暑地として名声が高まって始めたの時のことだった。
ある日、少年と少女はそこで出会った。
出会いから友情に、そして友情から愛情に。
やがて二人は、切っても切れない仲になった。
少女に惚れ込んだ少年と、幸せすぎて二人以外の世界全部忘れた少女。
しかし似合った恋人同士の幸福には、まだ一つの妨害があった。
それは、アメリカで生まれた少年の養親がイタリア人であったこと。
求婚されたアリスという少女は、少年にこう言った。
「親愛なる友よ、まずご両親の承諾を得てください。
そしたら、あなたのお望み通りになりましょう。」

新しい生き甲斐に心を奪われた少年は、二日後リヴォルノに向けて出帆する客船のチケットを買った。
そして、婚約者と共に最後の数時間を過ごすために、ナハントに戻ってきた。
その夜、二人はいつものように岬の頂上で歩いていた。
そこで見えた広く光る海はいつも美しく、浜風や波浪も爽やかで心を躍らせた。
二人とも無言だった。お互いに知らずに、同じことを考えていた。
それは、無数の心を迷わせたエデンのヘビだった。
「こんなに幸せなのに、なぜ別れなければならないのか」と。
だが応じたのは、足元に畝ていた陰鬱な海しかなかった。
抱き合った二人は、夢を見続けていた。

その時、ある不思議な発想が、崖の上に立った少年の心にふと浮かんた。
切羽詰まったときこそ、最も些細な瑣事が頭の中を占めるのは一体なぜだろうか。
少年が思い出したのは、「目の前の島の一隅にしか生えない『追憶の花』、即ち忘れな草を恋人よりもらった女性は、決して心変わりしない」という地元の噂だった。

「僕が行く前に、アリスよ、君への愛をもう一度証明させてくれ。彼処の石の上から摘み取られた花を君に捧げよう。」自分の意図が少女に見通されると感じて、少年は嬉しそうに言いた。
「証明なんて要らないんですわ。でもお好きなようにしなさい。」と少女が答えた。

二人が気付かないうちに、海が荒れていた。
遠い岸からの潮鳴りは、ますます忌まわしくはっきりしてきた。
しかし夢中していた少年は、その兆候を気が付けなかった。
むしろその時、愛する彼女のためなら、更に大きな危険でも喜んで負っただろう。
少年は軽快に崖を降り、自分の船に向かって走った。
そして、ある知らなぬ人の警告を無視して、間もなく舵をとって、「石タマゴ」に目指して波を駆け上がり始めた。
「次の潮まで待ちなさい」声が叫んた。「さもないと、お前の安全を保障しないぞ」
「次の潮は、僕を彼女から引き去るだろう。」少年が囁いた。「今しかないのだ。」
少年に手を振られた崖の上の少女は、呆然と見つめていた。
同じ声を聞こえた少女は、白き唇を開いた。
「あぁ神様よ、私は何ということをしてしまったの。」

だが勇敢なる少年は、無事に石に辿り着き、険しい岸壁を登って頂上に久々に立っていた。
そして間もなく岸辺に降り、帆を張って纜を解き、気持ちが昂ぶってナハントを目指した。
崖の上のアリスは、少年が残した場所から一歩も動かずに、
ただその姿を見つめていた。

強まって怒声を張り上げた狂風と荒波は、航行をますます危険なものにしていた。
不敵な航海者が無駄に航路を保とうとしたが、小さい船はただ翻弄されていたのだ。
海の中に沈んで見えなくなったり、たてがみから沫を振り落として凄まじい勢いで押し寄せてきた怒涛を乗り上げたりしていた。
やがて制御できなくなった船は、絶望的に岩礁へ流されていた。
海に浸されて、闇に包まれた船だったが、それが近づくにつれて、そこに立っていた少年がまだ見えていた。
岩礁の隙間に船を操縦して岸にあげる希望によって励まされたように、少年が舵を掴んでいた。その時、彼が成功するように見えた。
が、一瞬のうちに船が砕け波に喰われて、
見ていた人の足下に卵殻のように岩に押しつぶされた。

翌日、少年の遺体が回収された。
硬くなったその握りしめた手の中には、命取りの忘れな草だった。